はじめに
車椅子使用者の住宅探しには「段差の有無」、「車いすが通れる廊下幅」や「周辺の道路環境」等、様々な条件を満たす必要があり、その条件に合致する物件を見つけ出すのには苦労します。また条件の中には「家賃」も含まれ、せっかくいい物件でも家賃が高いと、資産に余裕がなければそこに住み続けることは難しいでしょう。
住宅の候補として、公営の車椅子住宅を考える人も多いかと思います。私も退院したころに近所の車椅子住宅に住んでいた方に部屋を見せてもらい、段差のないフラットな部屋に「一人暮らしをするならこんな部屋だといいな」と思いました。その後何年も経ち、一人暮らしを考え始めた時、何度も市営住宅の車椅子常用者向住宅に応募しました。しかし、車椅子常用者向住宅の募集戸数がそもそも少ないので倍率は高く、9回目の応募でようやくある住宅に当選しました。ところが当選後に部屋を内覧してみて、「これは自分が住むのは難しいな」と感じて当選を辞退することになりました。
今回は私がなぜ車椅子常用者向住宅の当選を辞退したのかについて、その理由を説明します。
車椅子常用者向住宅とは
車椅子常用者向住宅は市営住宅の特定目的住宅のうち、「車椅子常用者と健常者が同居することを想定して建設された住宅」を指します。車椅子でも生活しやすいよう、玄関や屋内の段差はなく(一部住宅は和室や浴室に段差があります)、廊下は広めで玄関の扉も引き戸になっています。「車椅子常用者と健常者が同居することを想定して建設された住宅」となっていますが、車椅子の人であれば単身での入居も可能です。
市営住宅に入居するためには年数回の募集の抽選に通る必要がありますが、車椅子常用者向住宅の場合、1回あたりの募集戸数が数戸と少なく狭き門です。車椅子で生活するとなると駅の近くや坂の少ない場所が理想ですが、考えることは皆同じで、そのような住宅は抽選倍率が高くなりがちです。築年数の浅い住宅も当然ですが人気が集まります。また、市営住宅の定時募集は年4回ありますが、車椅子常用者向住宅が毎回募集に出るわけでもないので、募集要項を見て「無い」という事も何度かありました。
私の場合、はじめのうちは「実家の近くで坂がなく、阪神淡路大震災以降に建設された住宅」を中心に応募していました。「震災以降」にこだわった理由は、阪神大震災のあった90年代半ば以降は世間的にもバリアフリーの概念が認識され、建物自体も基本的にバリアフリーになっているからでした。
しかし何度も何度も落選し、だんだん「少々古くても交通の便が良いのなら応募してみようか」と思うようになってきました。そんな中で9回目の応募をしてみたところ、待ちに待った当選の知らせが届きました。
待ちに待った当選、しかし内覧してみると…
当選してから数日後、書類等の確認・手続きで指定された日時に市営住宅の窓口に行きました。提出した書類等に特に不備はなく、審査は無事終了しました。窓口の担当者から今回当選した車椅子常用者向住宅は、指定された日時であれば入居前に一度だけ中を確認することができると言われました。車椅子常用者向住宅の募集要項に「一部住宅は和室や浴槽回りの床が約40cm高くなっている場合があります」という注釈があり、「もしかすると築年数の古い住宅だからその可能性もあるな」という不安はありました。入居前に一度部屋の中を見ることができるのなら、その段階で住めるかどうか判断できるので助かるなと一安心しました。
そして内覧の日時になり、小雨の降る中、当選した住宅に向かいました。内覧の数日前にも建物の周りを下見に来ていて、「なかなか年季の入った団地だな」と思っていました。それでも「築年数が古いから、後から車椅子用に改造しているかもしれない。それだったら設備は整っているかも知れない」と淡い期待を抱いていました。しかし部屋に入ってみてすぐに、私の期待は外れていたことに気付くのでした。
良かったと思うところ
まずは良いと思った部分について紹介します。
玄関から部屋に段差なしで入れる
車いす使用者向けに作られた住宅なので基本的に玄関も含めてフラットになっています。特に良いと思ったのはベランダとの間に段差がないところです。電動車いすの私でも問題なく出入りできました。車いすの人が洗濯物を干したりする事もあるので、このような配慮はありがたいです。ちなみにこの団地では洗濯機置き場はベランダにありました。ベランダから外に避難するできるようになっているのも車椅子住宅ならではだと思いました。
残念だと思ったところ
ここからは私が残念に思った所について書きます。
和室の段差が思った以上に大きかった
玄関を入ってすぐのところに和室がありましたが、しっかりと段差がありました。約40cmぐらいでしたが、車椅子の座面の高さとほぼ同じで、健常者でも部屋の出入りは大変そうです。下半身マヒの人であれば車椅子から移動しやすいのかもしれませんが、私の身体状況では使えません。
担当者の話しでは、この部屋は洋室への変更を希望すれば無償で改修してくれるそうです。ただし、押入れや窓の位置は変更できないので、床を低くするとその分押入れや窓の位置や40センチ高くなってしまいます。そうなると押入れや窓を開け閉めするのがかなり大変になりそうだなと感じました。
トイレの手すりが微妙だった
生活するうえで「排泄する場所が使いやすいかどうか」は非常に大事な問題です。私の場合は排尿はベッド上で尿器を使ってしますが、排便についてはベッド上ではうまく出せないためトイレに座ってしています。そのため「トイレの移乗介助がしやすいか」というのは重要です。ところが写真のように、トイレの両サイドに手すりがあり、移乗は前からでないとできない構造でした。自力で移動できない人にとっては、このレイアウトは介助の際に邪魔になります。トイレでも使えるシャワーキャリーを使用する方法もありますが、両サイドの手すりの間隔がやや狭いので、シャワーキャリーが入らない心配もありました。
浴室の床面全面がかさ上げされていた
今までの部分は「工夫すれば何とかなるかな」と思っていましたが、「これはどうやっても無理だな」と感じたのが浴室です。洗面所の奥に浴室がありましたが、床全体が浴槽の高さまでかさ上げされていました。下肢に障害のある場合にはこのように浴槽周りを高くするということはあるそうですが、シャワーの位置が奥にあるのでとても使いにくいような気がします。全介助の私がシャワーを使うにはシャワーの近くまで抱えてもらう必要がありますし、浴槽に入ったとしても出るのに苦労しそうです。リフトを設置するのもスペース的に難しいと感じました。
台所の湯沸かし器等は自分で設置する必要がある
これは見落としがちな部分だと思いますが、市営住宅は基本的に最低限の設備しかそろっていません。浴室には給湯器が付いていますが、台所については自前で瞬間湯沸かし器を購入する必要があります。網戸も自分で取り付ける必要があります。またインターネット環境についても、回線が届いていない場合もあるので注意が必要です。これらの準備費用を考えると家賃の安さのメリットも薄れてしまうように感じました。
入居を断念して当選を辞退
入居をあこがれていた車椅子住宅でしたが、実際に当選した住宅を見てみて、「自分が住むのはちょっと難しいな」と思いました。住宅改修をすることは可能(もちろん退居する時には原状回復工事が必要)ですが、改修するにしても限度がありますし、費用に見合うかどうか微妙でした。少し考えましたが、最終的な結論として「入居を断念して当選を辞退」することになりました。市営住宅の担当課に電話をかけ、「自分の身体状態では入居することが難しいので当選を辞退したい」と伝えました。担当者からは「自宅に送る辞退の申請書に辞退の理由を書いて返信すれば良い」「辞退する場合、今までの落選回数はリセットされる」との事でした。後日届いた申請者に「浴室の段差でシャワーキャリーでの入浴が困難」と辞退の理由を書き、要望として「部屋内に段差があるがどうかわかるように情報も載せてほしい」とも書き、返信しました。
後日、車椅子住宅に入居していた知り合いの人にも浴室のことを聞いてみましたが、そこの住宅も段差があったそうで、築年数と段差の有無ははっきりしないことがわかりました。
現在はホームページで情報が見れるように
現在私は市営住宅の応募をいったんやめ、別の賃貸住宅で暮らしています。ある日、市営住宅の募集の案内がホームページに出ていたので閲覧してみると、一部団地で間取り図が掲載されるようになっていました。車椅子常用者向住宅については、間取り図だけでなく部屋の中の写真も掲載されていて、部屋の段差の有無やトイレの手すりの形状、浴室のレイアウトが分かるようになっていました。
ページを見ると、同じ車椅子常用者向住宅でも団地によってかなり違うことがわかりました。私の要望が反映されたのかは分かりませんが、このような情報の提供は住宅を応募する時の参考になり、とてもありがたいです。車椅子常用者向住宅の応募をする際には確認してみることをおすすめします。
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